大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和26年(う)1163号 判決

控訴人 被告人 田中正夫 外一三名

弁護人 井藤与志雄 外三名

検察官 舟田誠一郎関与

主文

原判決中被告人斎藤好道、芦刈重世及び糸谷梅蔵に関する部分はこれを破棄し、その他の各被告人の控訴はいずれもこれを棄却する。

被告人斎藤好道、芦刈重世及び糸谷梅蔵をそれぞれ懲役八月に処し、三年間その刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は右三名の連帯負担とする。

理由

被告人芦刈重世の弁護人植垣達雄の控訴趣意第一点について。

原判決が原判示第一の共謀の事実を認定するに当り証人小野山林市及び植垣達雄に対する裁判官の第一回公判期日前の各尋問調書をその証拠の一部として掲げていることは所論の通りである。論旨(イ)は右両名は当時被告人等と同様に被疑者として捜査中の者であつたから刑事訴訟法第二二六条による証人として尋問すべきものではないと主張するけれども、たとえ同一内容の事件の被疑者もしくは共犯者であつても他の者に関する事項については右法条による証人たるの適格を有することが明らかである。論旨(ロ)はもしそうだとすれば同人は反対尋問に答えなければならなくなり刑事訴訟法第三一一条及び憲法第三八条の保障する供述拒否権を侵す結果になると主張するけれども、証人としての尋問事項が自己もしくは親族等の刑事訴追又は有罪判決に至るおそれのある場合には刑事訴訟法第一四六条第一四七条によつて証言を拒むことができるのであるから右の結論をとつても所論のような心配はないのである。論旨(ハ)は更に右両名は勾留中の被疑者であり且つ出頭又は供述を拒んだ者ではないから刑事訴訟法第二二六条第二二七条のいずれの場合にも該当せず従つて第一回公判期日前に証人として尋問したのは違法であると主張するけれども、記録によれば右両名は本件犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有することが明らかであるに拘らず捜査当局に対しある事実について供述を拒みまたある事実については任意供述をしたけれども公判期日においては圧迫を受け本件犯罪の証明に欠くことのできない事項について前と異る供述をするおそれのあつたことが認められるのみならず、右両名がたとえ被告人等と共犯者もしくは同一事件の被疑者としての関係があつたとしても被告人等と併合審理されない限り、他の者に関する事項については別にこれを証人として尋問して差支ないものであつて、この場合においては右両法条適用の前提となる刑事訴訟法第二二三条にいわゆる被疑者以外の者と解すべきであるから、右両名が所論のように証人適格なしとすることはできない。前記各尋問調書の冒頭に被疑者田中正夫外十六名に対する傷害被疑事件について証人尋問をする旨の記載のあることは所論の通りであるけれども、それだけでは右両名がそれぞれ自己を含む合計十七名の被疑事件について証人として尋問されたものとは断定しがたいのみならず、原判示所長室に侵入した人数が十九名位であつたことは原審証人池上泰の証言によつて明らかであり、また同所を引揚げて瀬谷事務所前を通過した被告人等の大部分を含む一団の人員が正確に十九名であつたことは原審証人藤尾忠利の証言によつて明瞭であるから、前記尋問調書記載の田中正夫外十六名のうちには供述者自身を含ましめていないことをうかゞうことができる。次に、論旨(ニ)は右各尋問調書は刑事訴訟規則第一六〇条に則つた請求に基ずいて作成されたと認める根拠が一件記録上明らかにされていないから証拠能力がないと主張するけれども、右調書を証拠とするには所論の証人尋問請求書の存在を記録上明らかにする必要がないのみならず、右各調書の冒頭に前示のような被疑事件について証人として尋問する旨の記載があるからこれによつて所定の請求のあつたことを推認することができるわけである。更に論旨(ホ)は右各尋問調書の作成手続の瑕疵について云為するところがあるけれども、右各調書には即時録取し読聞けたところ相違ない旨申立て署名指印した旨の記載があり、試みに植垣達雄に対する裁判官の尋問調書とを比照すればその供述内容において格段の相違の存することが認められるから、裁判官において具体的に事実の尋問をせず単に検事に対する供述調書に基いて作成したとか読み聞けの手続がなかつたとの主張は採用できないのであつて、論旨引用の原審公判における同人等の供述は当裁判所のにわかに措信できないところである。論旨はいずれもその理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

被告人草刈重世の弁護人植垣幸雄の控訴趣意

第一点(採証の法則違反憲法違反等)

原判決が判示第一冒頭記載の共謀の点を認定する証拠として証人小野山林市、同植垣達雄の裁判官に対する公判期日前の各証人尋問調書の記載を援用しているのは違法である。

抑々検察官が裁判官に対して証人の訊問を請求することが出来る場合としては、刑事訴訟法第二百二十六条に明記してある通り、検察官が被疑者以外の者の出頭を求め、第二百二十三条第一項の規定による取調べに対して出頭又は供述を拒んだ場合か第二百二十七条の場合に限るのであつて、実質的にも、形式的にも被疑者である者については請求権がないと解せねばならない。左に本件の場合に照らして検討すれば、

(イ)右小野山林市等は、被告人等と同様に当時被疑者として勾留され、捜査中の者であつて(後に被告人と同一内容事件について同一裁判所に起訴せられ、同一内容事実の認定を受け有罪の判決-但し執行猶予-があつた)証人として第二百二十六条による裁判官の訊問を受ける適格を有しない。

(ロ)小野山等が当時証人としての適格を有し公判期日前の裁判官の証人訊問を受ける資格ありとする原審の見解は誤りである。若しも、被疑者が証人たり得るとすれば、宣誓の後には裁判官、検察官の反対訊問に答える義務を負うことゝなるがそれは、被疑者又は被告人が刑事訴訟法第三百十一条第一項によつて黙秘権供述拒否権を有し、又憲法第三十八条第一項にも自己の不利益な供述の拒否権を認められ、当事者的地位を重視され防禦権を確保している趣旨に鑑み、防禦権の侵害であり憲法第三十八条第一項の趣旨に背反するばかりでなく、刑事訴訟法の根本原則に反する。

(ハ)小野山等は勾留中の被疑者であつて訴訟法第二百二十六条及二百二十三条に明定する「被疑者以外の者として出頭を求められた者」「出頭又は供述を拒んだ者」に該当しないから、裁判官が公判期日前に証人訊問をしたことは違法であり、その違法な手続の結果作成された証人訊問調書には証拠能力がない。

(註)右証人訊問調書の冒頭には、被疑者田中正夫外拾六名に対する傷害被疑事件について云々と記載されているが、右拾七名とは、証人たる小野山及植垣をも含めた被疑者の数である。此の点は注意を要する。

(ニ)右供述調書は刑事訴訟規則第百六拾条の規定に準拠する請求に基いて適法に作成されたと認める根拠は一件記録上の何処にも明らかにされていないから、この点から見ても適法な証拠能力を有するとは謂えない。

(ホ)原審第拾回公判調書記載中、小野山証人の渋谷弁護人との問答問、裁判官の訊問を受けた時の状況は答、判事さんが検事の調書を読み間違ないかと云いましたので私は検事に云つた通りの事を云えば良いと思い、間違ありませんと云いますと其の場で調書を作らず後から作成された調書を送つて来て(警察署の留置場までの意-)それに署名拇印しました問、何日程してからか、答、一二日過ぎてからですが警官が持つて来ました。問、読んだか、答、読みませんでした、問、証人は判事の面前で証言したのではないのか、答、そうです、との問答記載(八六七丁)及植垣証人と同弁護人との問答中右小野山の証言と同趣旨の証言記載(八七五丁)に徴すると同訊問調書は判事の面前に於て判事と証人との間で一問一答して作成されたものではなく、検事が同証人を被疑者として訊問した際の供述調書に基いて作成し、読み聞け等の手続をしなかつたものであることが窺われる。かゝる手続が許されないことは自明の理であつて到底適法な証人訊問調書としての証拠能力を有するものとは謂えない。

如上原審が法律上証拠とすることの出来ない書面を証拠に採用して犯罪事実を認定したのは違法であり右違法は判決の結果に影響することは明らかであるからこの点に於て破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例